夏の精通
🕑 Added 2019-08-18 06:25:28 +0000 UTC
体の端まで暑いのは、真夏の温度のせいではない。
私はベッドの上で体を小さく丸めながら、浅く息を吐いていた。汗ばんだ手を恐る恐る股の間に伸ばすと、あるはずのない器官が触れる。
「ひっ」
思わず声が漏れる。
握りしめた肉の棒は熱く、硬くなって私の手のひらの中で脈打っていた。それを包み込む私の手も、これまでよりも一回りほど大きく、骨ばんだ形になってしまっている。
「ああ、私、私……ほんとに、男になっちゃってるう……」
勃起した自分のペニスを握りしめながら、情けない声を出す私の体は、どこからどうみても線の細い優男でしかない。
それでも、私は確かに少し前までは女だったのだ。
***
「突発性性転換症?」
聞きなれない言葉に眉をひそめると、大学の友達はうん、と頷いて、説明をしてくれた。
水曜日の講義は午前中で終わる。私と彼女は、講堂でお弁当を食べてから帰るのが習慣になっていた。
「なんか、全世界的に急速に流行り出してるんだって。男の人が女の人に、女の人が男の人の体に変わってしまって、しかも不可逆なんだってさ。感染経路もよく分かってないし、そのうち全人類の性別が逆転するんじゃないかって言われてるよ」
彼女はコンビニで買ったタピオカミルクティを一口飲んで、いる? と目で問いかける。
「やたら詳しいね…」
それを受け取って、一口含んで飲みこむ。
「実を言うと、うちの叔父さんがそれでつい一昨日女の人になっちゃったからね。私もいつまで女の子でいられるんだか」
友達はそういってため息をついた。
「いや、やけに冷静じゃん。そんな異常事態起きてるのに……」
「だって対処法も分かってないんだよ? 嫌だ、って言ったってなるときはなっちゃうだろうしさあ。だったらもう、腹くくるしかないよね」
諦めたように笑む彼女の喉元に、やけに目立つ出っ張りが生じつつあるのに、そのとき初めて気がついた。
それから3日後、土曜の朝。
すっきりと晴れわたる陽の光が部屋の中に入り込んで目がさめるが、なぜか普段よりも体が重い。
もぞもぞと寝返りを打ち、上体を起こすが、体の動作はぎこちない。夜の間に脱水症状でも起こしたかな。そう思ってふと視線を下にずらすと、
「胸が…ない…?」
パジャマの下にあるはずの、肉の双丘の感覚が一切なくなっていることに気づいた。
慌てて上裸になると、Dカップはあったはずのバストは跡形もなく消え失せており、包むものを失ったブラジャーが悲しげに胸板の上に乗っていた。
「嘘、これって、あの子が言ってた……」
全世界で突発的性転換症流行ってるらしいよ、という言葉を思い出す。その言葉を想起した瞬間、起きてからずっと気付いていた、でも認めたくなくて無視していた、股間の異物感がありありと感じられるようになってしまっていた。
ためらいつつもぎゅっと目を瞑り、そろそろと手をズボンの中に潜らせて……冒頭のシーンに至る、というわけだ。
***
初めて触る自分のペニスは、まるでこれまでもずっとそこにぶら下がっていたかのように馴染んでいて、全く取れる気配がなかった。両手を突っ込んで、ペニスを握りしめる方ではない手でその付け根を弄れば、皺まみれの袋に収まった2つの玉の感触もはっきりとある。
「うっ、気持ち悪いよお……」
呟く声も低く、かすれていて、自分が男になったことをまざまざと感じさせられてしまう。
ズボンとショーツに手をかけ、いっきに引き下ろしてみれば、ぶるん! と元気よく勃起した肉棒が眼前に姿を現す。
びくびくと脈打つそれは、先端の皮がむけて赤黒い亀の頭を晒しており、獲物を求めてひくつくグロテスクなモンスターのように思えた。
「男の子って…こんなのくっつけて毎日生きてるの…?」
自分の心の中にある嫌悪感とは相対的に、それは窮屈な下着の中から解放されたことを喜んでいるかのごとく雄々しく立ち上がり続けている。
「……小さくするには、確か……こするといいんだっけ……んっ……」
うろ覚えの知識で、握りしめた手をおっかなびっくり上下させると、まぶたの裏に星が弾けたような快感が起こった。
「はあ、ああっ、これ、さきっぽと、棒のところの段差に引っかかって、あっ、気持ち、い…っ」
亀の頭のような部分と、肉棒の間の段差に指がこすれるたび快楽が生まれて、さらに興奮を高ぶらせていく。
一心不乱に肉棒をしごき上げるたび、全身の血流が股間に集中して、狂いそうなくらいに切なくなった。
「あ、なんか出る、出ちゃうっ、あっ、ああ…!!」
頭の中が真っ白になる。
しごき上げた肉棒の先から精液を噴き出して、私は全身を震わせた。
快感の極致に至ってからの下り坂は早く、荒い呼吸をしながらも、私は握りしめていた男性器を手放した。
手のひらに放出した白い液体の臭いを不快に思いつつ、しぼんでいく股間をぼうっと眺める。
それがすっかり縮こまって、大人しくなって初めて、私は自分が精通を経て完全に男になってしまったこと……それから、どれだけ精液を排出しようとも、もう2度と女の体には戻れないのだということを理解し、少しだけ泣いたのだった。