新人部下は上司の俺をぐちゃぐちゃにして甘やかす その後1(Twitter掲載分)
🕑 Added 2023-01-31 15:14:37 +0000 UTC
「え、———リク?え?」
「久しぶり」
もう見ないかもと思っていた顔がそこに座っていて驚きの声しか出ない。金曜の夜、どうしても諦められなくて何度も通い詰めた店のカウンターに当たり前のように目的の男が座っている。
「え、なんで、もう来ないって」
「みんな同じことばっかだな。しばらく来ないって言っただけだよ」
隣の席に割り込むように座ると、リク目当てだったのか隣の男がしかめっ面をする。知らない、俺だってずっとリクのこと探してたのに構ってられるか。マスターはそんな俺を見て苦笑すると「ほら、落ち着きな」といつも飲むカクテルを出してくれた。
〝リク〟はこの店の常連だった。半年前までは。それまでは週末いつもこの店に来て、いつも誰かに囲まれていた。見た目でも物腰の柔らかさでも好かれやすかった彼にはいつも相手がいて、今も店の連中は久しぶりの顔を見せた彼にあの手この手でアピールしようとしている。…俺もずっとリクを探していた一人だったから、隣を陣取ってるんだけど。
「でもお堅い所に就職したからもう来れないかもって言ってなかった?」
「…うーん、まぁそうだったんだけどね」
マスターがリクにビールを渡しながら尋ねる。そう、半年前にそう言って本当にぱったりとリクは来なくなってしまった。それまでは気ままにバイト生活を繰り返していたらしいのに、拾って貰ったから本気でやりたいってあっさり笑って去っていった。
だから半分諦めてた。諦めきれずにいつも週末はここで二時間粘ってたけど。でも最近もうさすがに諦めて他を探さないとって自分でも思ってたのに、目の前に現れたら諦められないじゃん。
「ちょっと気晴らしに。…俺やっぱお堅いとこ向いてないんだろうな」
「何?トラブル?同僚に手出したの?辞めちゃうわけ?」
「こら」
隣の見たことある男ががっつくように問いかける。マスターが窘めるのも聞かずにしつこく聞いてもリクは笑って「そうかも」と答えるだけだ。
「え?…ホントに同僚に手を出しちゃったわけ?ノンケ?」
「まぁ似たようなもん。んでしつこくしてたら振られちゃった」
「はぁ?マジだったの?」
リクに群がってた人間がヒソヒソ色んな声を上げて驚いていた。言葉は違っても言いたいことは全員一緒だ。
こいつがしつこくして振られるってまじ?
まずノンケに手を出すというのが信じられなかった。リクは相手から乞われてセックスはしても、自分から誘うことはまずない。放っておいても相手からくるっていうのもあるんだけど、基本的に誰かと深く関わるのを嫌がるからだ。
だからリクとセックスできた男は結構いても、特定の彼氏になれた人間はいない。リクは彼氏はいらないって断言してて、セックスはしても携帯番号さえ交換しようとしなかったから。
興味津々で詮索してくる連中にリクは苦笑する。
「だから気分転換に来ただけだし、相手も探してないから。それ目的ならどっか行ってくれ」
人好きする笑顔でハッキリ言って、リクはマスターにお代わりを頼んだ。マスターはお代わりを作るだけで何も聞かない。リクは多分そういうマスターが気に入ってて、だからこの店に来たのかもしれない。
リクがハッキリ拒絶するのは初めてで、おずおずと傍から離れる人間がほとんど。俺みたいに諦めの悪い人間だけが傍から離れなかった。
一度だけ、俺はリクとセックスした。リクは相手の望むことが分かるみたいに俺がリクとやりたがってるのを察して付き合ってくれた。セックスも丁寧で溶かすみたいで最高に気持ちいい。だからみんな何度でもリクとセックスしたがったけど、リクは相手が本気になるとすぐに気づいて避けてしまう。
俺もすぐに「もうセックスしない」って言われてしまった一人。何でって聞いたら「本気になりそうだから」って図星を当てられてぐうの音も出なかった。
リクは人の欲求に敏感だ。だからこそすぐに相手の本気に気づいて逃げる。だけど何で?相手のことセックスする程度に好きなら、彼氏になるくらいいいじゃん。そう言ったら少し悩んで「自分でもよく分かんない」ってリクは本音を言った。
「セックスしたいって気持ちは分かるけど、相手が欲しいとか求められたいとか俺には分からない。そんなの本気になった相手に悪いだろ」って。
相手が本気になる前に傍を離れるのがリクの出来る精いっぱいの誠意らしい。遊びでもいいのに、って俺みたいに思う奴はたくさんいる。けどそういう人間にリクはすぐに気づいてしまって、途端にセックスの相手には選ばれなくなった。
「…リョウ、煙草持ってる?」
「へ?…あぁ!あ、持ってる、あ、はい…」
「ありがと」
急に名前を呼ばれて頭が一瞬フリーズしてしまった。リクは俺の名前を憶えてたのか。一度セックスしただけで、顔くらいは覚えててくれてると思ってたけど。真っ赤な顔で俯くと、隣から煙が漂ってくる。
「ふー…」
「………」
「リクちゃん灰落とさないでよ?」
「大丈夫」
リクが煙草を吸う所を俺は初めて見た。この店に通っていた時は、少しでも傍に行くチャンスを狙っていつもリクばかり見ていたけど初めて。
ノンケに手を出したってのもリクらしくない。まさか本当にしつこくして振られたの?あんなに人から求められるのすら無理だと言ってたのに、リクが?本当に?
「…本当に振られて落ち込んでんの?」
「………」
リクは俺の言葉に何も返さなかった。ただ煙草をすーっと吐いて、長くなった灰を捨てるを繰り返す。今なら、傷ついたリクなら俺のものになってくれるかも。付き合うのは無理でも、あと一回セックスしてくれるかも。
「あの、さ…リク、俺」
ブーブーと俺の言葉にストップをかけるみたいにバイブ音がした。すぐにリクが尻ポケットを探って、画面を見て眉間にしわを寄せる。
「…なんで」
「リク?」
リクはそのまま数秒電話をとらなかった。悩んだみたいなイラついたみたいな顔をしてじっと画面を見つめて、とらないのかなって俺が思った頃やっと観念したみたいに通話ボタンを押す。
「…はい、藤堂です」
とうどう。リクの本名?初めて聞いたそれに、電話の相手がリクの日常を知る相手だと理解した。そりゃそうか、リクはセックスするような相手に携帯番号を教えない。大体こういう店で本名を語る人間は少ない。常連は特に。
またザワつきだした客にマスターが気づいてリクに「外で話しな」と促す。俺みたいに聞き耳を立てようとする客からリクを守る為だろう。
マスターの言葉に従って店の外に出たリクを目で追いながら、またムクムクと湧き上がる感情に揺さぶられる。諦めようと思ってたけど、まだ頑張るべきかも。だって振られてすぐなんてチャンスだろ。
「やめときな」
「え?…俺に言ってる?」
「あんたたちに言ってる」
「あんたたち」と言いながらマスターがリクのことを狙ってそうな奴らを順々に指さして目を細める。叱るみたいなその目にむっとして「なんで?」と抵抗すると、呆れたみたいにマスターがため息をついた。
「リクちゃん見てれば分かんない?ノンケに本気になって、こんなとこにヤケになってくるって相当のめり込んでる証拠じゃない。あんたたちに付け入る隙なんてないわよ」
「あるよ!振られたって言ってたじゃん!本気だろうが終わってんだからチャンスくらいあるよ!」
「一度寝てくれたって二度目はないわよ。前もそうだったじゃない。あの子は自分から好きにならないとダメな子よ。惚れるだけ無駄、諦めな」
「…うるっさいなー!」
今がチャンスなんだよ、今しかないんだよ。…そう思うのにマスターの言うことが正解だって自分でも思う。店の前で話しているだろうリクの方を見ると———何を話してるかは分かんないけど嬉しそうなのは分かる。たまに拗ねた顔をして、けど笑ってた。幸せそうに、溶けるみたいに。
俺がリクとやっとセックス出来た時、多分あんな顔してたんだろうな。リクの腕の中で溶かされて、幸せでしょうがなくて、一回でいいと思ったのに何度でもしたくて。でもリクはそうじゃなくて。今電話してる人がリクの欲しい人で。
「…あんな顔、初めて見た」
「…ん?…まぁ~!ほんとにべた惚れなのねぇ。若いっていいわぁ」
「……うざ」
「文句があんなら出ていきな。ここは私の店だから」
マスターの声に拗ねたように突っ伏す。…何だよ、振られてないじゃん。嘘つき。誰のことも好きになれないって言ってたくせに。嘘つき。何だよそんなに好きなの?俺じゃダメだったの?俺だってリクのこと好きなのに。
「…嘘つき」
「え?」
電話を終えて席に戻ってきたリクに悪態をつく。「振られてないじゃん」と電話を指さしたら、「復縁した」だらしない顔で笑うからムカついた。こんなの俺が好きだったリクじゃない。リクはもっと余裕があって、いつも追われてる側で、誰かに縋り付いたりしない男だったのに。何夢中になってんだよ、馬鹿。
「でもホントに二回も振られたんだって」
「はぁ?二回も?まじ?」
「マジだよ。好きな人出来たかもって浮かれてたらソッコー振られて。慌てて嘘までついて粘って粘って落とそうとしてたらまた振られて。…ガチで凹んでたけど俺の粘り勝ち」
そう言ってリクは照れたように、嬉しそうに笑う。嘘までついて粘って、また振られたって。ダサい。男に振られて凹んで、またやり直そうなんて電話に尻尾振って都合良くされてんじゃねえよ。ダサい。…でもここまで思われたら、幸せだろうなって羨ましい。
「…どんな人?」
「うーん、仕事してる時の真剣な顔がめちゃくちゃカッコいい。けど面倒臭い。臆病。…エッチ好きなくせにだめだめ言いながらイっちゃうのが最高に可愛い」
「のろけうざ!」
「俺にいい子って褒められるのが大好きなんだ。…可愛いだろ?」
「だからうざいって」
「若いっていいわぁ」ってマスターが笑う。店の連中は多分俺たちの会話を聞いてリクのこと諦めた奴もいると思う。まぁさすがに諦めるよね、ここまでのろけられたらさ。分かっててやってんだろうけど。つくづくムカつく男だ。
「また捨てられないよう願っててやるよ、ご愁傷様~」
「こら、また可愛くないこと言って!」
「あぁ、本人にお願いしてくれる?『リクのこと捨てないでやって』って」
「はぁ?」
「今からここに来るから」
「…リクの!?彼氏!?来んの!?こんなとこに!?」
「こんなとこって何よ!」
「今すぐ会いたいって言うから。変な店に連れて行きたくないからここに呼んだ。マスターの店が一番マナーいいもんね?」
「りくちゃん…♡」
駄目だ、この男すっかり復縁で頭が♡になってる。こんなのリクじゃない!俺の好きだった男じゃない!
「外でお出迎えしてくる」
「ダサい!うざい!帰ってくるな!」
「りくちゃんいい彼氏ねぇ」
ヒラヒラ手を振って店の外へ向かう背中に悪態をつく。…でもまぁ、なんか笑える。誰のものにもならないカッコいい男もやっぱり好きな人に振り回されて、浮足立って、カッコ悪いもんなんだ。俺も早くそんな相手見つけなきゃ。
でもまだどうしても目はリクを追う。何年も片思いだったから仕方ないじゃん。扉越しのリクは何故か不安そうだった。今から彼氏が来るくせに何で———あぁ、リクでもやっぱり怖いのか。本気なのかって、彼氏の気持ちはセフレみたいに分からないんだ。誰だってそうだよね。どうでもいい相手の気持ちは手に取るように分かっても、大切な人の気持ちは全然分かんないもん。だって好きだから、めちゃくちゃ慎重になっちゃうじゃん、人間って。
「あ」
「何、りくちゃんの彼氏きた?」
「来た。…うわっなんか抱き合ってんだけど。ダサダサダサ」
「かっわいい…♡ はぁー相手もべた惚れじゃない…初恋って感じ?」
少女漫画とかローマの休日とかが好きらしいメルヘン趣味のマスターがうっとりとリクと相手のやりとりを見つめている。馬鹿らしい。
まぁそっか、でもリクの彼氏はリクを二度も振ったツワモノだ。リクをいじめるには持ってこい。一緒に飲んでリクの今までのセフレ(でもないけど)の数でも人質にリクをイジメてやろうか。冗談だけどそんなことを思いながら扉の開く音に振り替える。
「…マスター、彼氏のアキラさん」
「こ、こんばんは…」
彼氏とリクが紹介したのは………そりゃスラッとしてるけど、いい男だろうけど、この人リクの親くらいの年じゃないの…?
そんな意外なリクの彼氏をリクは幸せそうに見つめている。
「………マジ?」
マスターが嬉しそうに挨拶するのを聞きながら、あぁ多分これ俺に一ミリのチャンスもなかったなと悟るのだった。