バーコード
🕑 Added 2019-03-10 13:58:16 +0000 UTC
「あれ? なに、これ。」
顔を洗おうと洗面台に向った私の目に飛び込んできたのはまだ眠たげな私の顔。そして頬にうっすらと浮かぶ何本もの縦線だった。
「ん~……クマ、ってわけでもないだろうし……」
強いて言うならマンガで青ざめた時に書かれている線、といった感じ。
「落書きされた? いやいや、修学旅行中とかならともかく家で誰がそんなことするの。」
不思議といくらこすっても落ちることはない。それどころか少しずつ濃くなっているような……
「いつまで鏡に向かってるの。遅刻しちゃうわよ。」
お勝手からお母さんの声が響く。そう言えば3回目のスヌーズで起きたんだっけ。
「ごめん。今日朝ごはん要らないから!!」
「またなの? もう朝ごはん作ってあげないわよ?」
「ごめんってば。明日からはちゃんと食べるから。」
ともあれ急いで家を出ないと遅刻しちゃう。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。本当に、こんな時ばっかり素早いんだから。」
朝ごはんを抜いたおかげで歩いても学校には間に合いそうだ。
「あ、みっちゃんだ。おはよう。」
「あー、おはよう。」
家を出るなり声をかけてきたのは幼馴染のユウカだ。私と違って規則正しく生きてるから、例え寝坊をしてもこの子の追い付ければ遅刻をすることはない。ユウカが今ここにいるってことはゆっくり歩いても間に合うはず。
「どうしたの? 随分息が切れてるけど、今日もお寝坊?」
「うん。それもあるんだけど、ちょっとね。」
朝から鏡に向かっていたら時間を過ぎていただなんて言えない。
「……そう言えばさ。コレってどんな風に見える?」
朝から頬に浮かんでいた縦線、結構目立っちゃうかな。メイクすれば隠せるんだけどうちの学校は当然ながらメイク禁止だしね。
「みっちゃん、それ出ちゃったんだ。」
「出ちゃった? ユウカ、コレ何か知ってるの?」
色々と変なことを知ってる子だとは思ってたけど、まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかった。単に目立つかどうかが知りたかったのに。
「うん。えっとね、ちょっと待ってて。はい、こっち向いてー。」
「え……何? 何なの?」
取り出したスマホをこっちに向けている。
「はい、チーズ。」
「あ、ちょっと。」
文句を言う間もなく撮られちゃった。まあいつも一緒に映ったりしてるし撮られたこと自体はいいんだけどなんで急に?
「やっぱりね。ほら、みっちゃん。これ。」
「……なに、これ。」
ユウカのスマホ画面には見たことのないアプリが表示されていた。撮影された私の顔と、その下に書かれた様々な項目。
氏名、生年月日、身長体重からスリーサイズまで。少なくとも今撮影してからユウカが入力したとは思えない量だ。というか、そもそもユウカが知ってるはずのない内容まで網羅されてるのはどういうことだろう。
「うん、ちょっと前から話題になってるんだけどね。突然身体にバーコードが浮かび上がる人が居るんだって。それをこのアプリで読み込むとその人を管理できるようになるみたい。」
……は?
「ちょっとユウカ、何言ってるのか分かんない。」
「実際にやって見せようか? みっちゃん、バンザイして~。」
「そんなことするわけ……えっ、ええっ!? なんで!?」
断じて私は腕を上げようなんて思っていなかった。けれどもユウカがスマホに向かってしゃべった途端、私の両腕は私の意志に反して高々と掲げられていた。
「ちょっと! うそでしょ。」
いくら力を込めても上がった両腕は微動だにしてくれない。まるで私の身体が他人の物になったみたいだ。
「もう下ろしていいよ。」
ユウカの許可が下りるとこれまでがウソのように腕は自由になった。私を管理するって、本当なんだ? これって、ちょっとやばいよね?
「ねえ、ユウカ……」
「あ。私のスマホに触ろうとするの禁止ね。」
先回りをして命令を下されてしまった。伸ばした私の手は勝手にユウカを避けてまるで一人で踊っているみたいだ。
「良かったね、みっちゃん。最初に教えたのが私で。」
「良かったって、何がよ!!」
身体を自由にされていいことなんてあるわけがない。
「これってね、先にバーコードを取り込んだ人に命令の優先権があるんだって。もしも最初に男子とかが取り込んでたら、どうなると思う?」
……ぞっとした。身体を自由にされるってことは、何をされても逆らえないってことだ。でもユウカが優先権を持ってくれているなら他の人の命令も聞かずにすむ。
そう考えれば今の命令だって私にアプリのことを信じさせるためにやったんだろう。悪く言うのは確かに筋違いだ。
「うん、そうだね。ごめん。ちょっと事態が飲み込めてなかったみたい。」
「ふふ。分かってくれてよかった。それじゃみっちゃん。次の命令ね。」
……え?
「おトイレに行くときは私に許可を取ること。勝手におトイレに入っても一滴もおしっこは出せないからそのつもりでね。」
「ユウカ? ……ちょっと、何言ってるの?」
「あ、でもそれだと私が急に死んじゃったりしたら一生おしっこ出せなくなっちゃうね。じゃあおトイレ以外で服を着たままならおしっこを出すことを許可してあげる。」
え? ちょっとうそでしょ? これも本当にそうなっちゃうの?
「嬉しいなぁ。みっちゃんが私のものになるなんて。」
「ユウカ、落ち着いて。なんか、目が座ってない?」
「気付いてなかったと思うけど、私ずぅっとみっちゃんのこと好きだったんだよ。ふふ。まずは私から離れられないようになってね。みっちゃんが言うことを聞いてくれるならひどい命令は出さないから。」
これってつまり、私が言うことを聞かなかったらひどい命令も出すってことだよね。
「ほらほら、学校遅れちゃうよ。急ごう。」
「あっ……」
今のも命令だったんだろうか。私の足は学校へと向かう速度を速めていた。